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泉屋酒販の原点

創業の念い

どもの社是は、「積小為大」です。“素直、誠実、努力と忍耐で成果を創る”という小さな努力を積み重ねる、創業の精神に基づいています。創業以来、自社の利益よりお客様の利益を優先し、どうしたらお客様のお役に立てるのか、喜んでいただけるのかを心掛けてまいりました。“どうしたらお客様にとって良い酒屋になるか”は、永遠のテーマなのです。

し創業の頃の話をさせていただきますと、戦後の混乱期から10年を経過し、少しずつ日本が立ち直って来た1955年11月に、7年間のサラリーマン生活を経て、日本一小さな店舗で泉屋酒店を創業させていただきました。

舗は、戦後海外からの引揚者が入居する新興市場の中にあり、店舗の広さが僅か三坪強、二階は四畳半一間で、便所、炊事場は全て共同でした。主に、古物商、荒物店や食料品などの生活物資の闇市として出来上がった市場でしたが、戦後の復興とともに空き店舗が目立ち始めていました。創業はしたけれども、固定客などはなく商売は厳しく、そこで午前中は店を閉め、妻は買い物かごを持って近隣へ御用聞き、私は自転車で遠方まで注文取りと必死に働きました。

そのお客さまでも、取引の酒屋さんの閉店後の追加注文であれば、注文がもらえるのではないかと自転車にほうきとチリ箱を積み、午後8時、10時、12時と飲食店を一日3回訪問しました。お客様のところでは、炊事場のゴミを取り、水を流すなど掃除をこまめに行いました。徐々にですが、足りなくなった商品だけでも注文が入るようになりました。お客様とのコミュニケーションも次第に取れるようになり、信頼されるようになっていきました。とにかく、売上を上げたい一心で、妻と力を合わせ深夜遅くまで働きました。創業の頃を振り返ると、仕事が終わって行った銭湯が二人の唯一ホッとできる時間だったことを思い出します。

店内易な価格競争はしたくなかったので、時代とともに衰退する新興市場を、盛り場へ転換できないかとお手伝いを始めたのが、業務用へ特化したきっかけです。70年代には、家業から企業へと業務改善(主に営業スタイル、営業時間)や、本社ビルを移転し、自社ホールでの世界の洋酒展、世界のワインゼミナール等の開催、今でいうマイレージ型の原型であるポイントカードIZUMIYAパスポートの発行、80年代は、福岡県南の母体都市としての歓楽街“文化街”の形成に努め、90年代は、NO.6 IZUMIYAビル等の飲食ビルの開発と同時に経営計画書を基本にした理念経営、物流センターの建設、EOSオンラインシステムの導入などIT化にも取り組んでまいりました。90年代後半からは、全社員での久留米の市民まつり“くるめ水の祭典”への参加や“久留米ラーメンフェスタ”の中心的お手伝い等、まちづくりへの貢献も行って参りました。2002年は、商品力をコア・コンピタンスとし、経営計画書を繁栄計画書に改めました。2003年には、焼き鳥日本一宣言及び日本一の焼き鳥フェスタの支援、更に世界最高峰のボジョレ・プリムールを愉む市民の会も企画いたしました。2004年には本社を移転し、一階にこだわりの酒ショップ、二階に本社機能、三階にイベント会場としてイズミホールを併設しました。創業50周年を前に、酒文化価値創造業として、一人でも多くのお客様にお酒を通して喜んでいただくという思い少しずつカタチになってきたと思います。私たちを取り巻く環境は、厳しさを増すばかりですが、いかなる時代にもお客様に喜んでいただく、お役にたつ機会だと捉え、私たちは日々改革革新に努めていく決意です。
2008年に、念願の新物流センターが稼働し、物流改革プロジェクト(トキメキプロジェクト)を立ち上げ、2009年6月にはMACH(新コンピューターシステム)を稼働いたしました。
このように私どもは、常に時代に敏感になり、地域の皆さまのご要望にお応えしながら今日を迎えることが出来ました。

業50周年を迎えるにあたり、さらなる50年へ向けて“IZUMIYAへの存在意義と経営ビジョン”を明確にしなければならないと考えました。
今は全ての業界で閉塞感が漂い、どの企業も独自の目標とその手法(手段)をどのように確立したら良いか迷っています。社員さん一人ひとりも悩み苦しんでいます。一方、私たちの酒類業界は、安売り量販店、スーパー、コンビニへの消費者の分散、更に売上至上主義から脱皮できずに混乱し、業界そのものが危機的状況となっています。そのような中、私たちを取り巻く経営環境も一段と厳しさを増しています。
ですから、私たちは、

1)会社を大きくするために仕事をするのか。
2)会社が儲かるために仕事をするのか。
3)お客様の喜びや満足を創造するために仕事をするのか。


と何度も何度も自問し、議論を重ねました。

ービスとは、“奉仕”のことです。ですから、何をもって、私たちはお客様に奉仕をするのか明確にしなければ、存在出来ない時代になったのです。IZUMIYAは、“お酒を通した伝統文化の継承”と“新しい飲食スタイルの創造”によるまちづくり、そして、地域社会とすべての人々のお役に立つことを存在意義と考えています。私たちは、未永劫この創業の精神を全社員が持ち続け、常に「繁盛作り 人づくり」という経営理念に忠実な経営を行います。私たちは、50周年を迎えるにあたり、創業の原点に返り、この商いへ取り組む姿勢、心構えを受け継いでいく事を宣言いたしました。私たちの経営ビジョンは、人生三観(職業観、人生観、人間観)を基板とした“酒が醸す幸せの創造”なのです。

50周年という節目の本社ビル建設は、私たちのこの思いの具現化なのです。つまり、ポートフォーリオに基づく私たちのコア・コンピタンス(IZUMIYAでなければいけない理由を明確にする)経営の集大成なのです。私たちは、“酒文化の語りべ”として、商品力と人間力をコア・バリューとし、文化の香りのする商品の開発と育成力、魅力ある飲食空間提供力、ホスピタリティの高い人間力、繁盛支援の情報活用力、同質化商品の価格競争力という5つのバリューを高め続けます。

こで、更に本物の酒にこだわり、お客様のご繁盛(豊かさや喜び)のお役に立ちたいとい従来の業務用の一層の専門化に加え、酒の素晴らしさを提案するために酒専門のショップを本社ビル1階に新設いたしました。酒には文化や歴史があり、人間味すら感じます。今私は、私たちがもっと、酒を愛し、酒にロマンを感じ、人生を感じて行かなければと決意しています。酒は、喜びの時や悲しいときなど明日への活力として私たちを癒し、元気づけてくれます。また、食中酒として、楽しい食事に花を添えてくれます。私たちは人生を通して、お客様に心からお酒の楽しさを知っていただきたいという情熱をもった集団なのです。“IZUMIYAは、共に熱く酒を語り、酒を通して感動、喜びを共に創造する”企業です。

愛する社員さんへ 苦しいときこそ、絶対に万策尽きたと思わないでください。万策尽きた時にこそ、独創性が生まれるのです。成功の要因も失敗の原因も100%全て自分の内にあるのです。自ら断崖の淵に立て、最後まで頑張れば必ず新たな風が吹くのです。人生の舞台は、常に将来にあるのです。 松下幸之助翁の言葉より